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僕の活動がちょっとでも、一瞬でも。誰かの人生の肥やしになれればいいなと。
更新日:2021年1月21日
私がまだ幼稚園児だった頃。
週末になると家族みんなでスーパーへ買い物に出掛け、母や祖父母は、空いた時間を見つけては私と弟を知らないどこかへと連れ出してくれた。気付けばおひさまは山の向こうに落ちていって、疲れ果てて家に帰ると、テレビからヘンテコで陽気な音楽が流れてくる。演芸を挟んで現れた着物姿のおじさんたちは、紛うことなくテレビの前の人々を笑いの渦に巻き込んでいた。
この着物姿のおじさんたちが“落語家”であると知ったのはもう少し後の話ではあったが、物心ついた頃から、電波を通して“落語家”という職業の方たちを目の当たりにしていた。
いやぁ、凄いね。リアル新聞記者かと思ったよ。(笑)
電話越しにそう話してくださったのは、長崎市で理学療法士として働く傍ら、落語家としても活動されている竹口亭 ホワイトボード (本名:竹口耕輔) さん。
私が彼と出会ったのは、2019年8月。
長崎県庁で開催されたSDGsについて学ぶイベントのカメラマンとしてお手伝いをさせていただいた後の、懇親会でのことだった。
「もうすぐ来るそうです!」
「落語が生で観れるぞ!」
イベント中にすっかり仲良くなった参加者の皆さんと談笑していると、そんな言葉が飛び交い始めた。無論、私がイメージしている“落語家”と言えば、先に述べた着物姿のおじさんたち。もっと言えば、どっしりと構え、堂々とした風格を漂わせているものだと思っていた。しかし、おじさんの代わりに現れたのは、私服姿のすらっとしたお兄さん。
「このお兄さんが落語を?」
到着するや否や、周りからいじられて笑う彼の姿を見て、根拠のない違和感を覚えてしまう。
それから彼は、それぞれのテーブルを順番に回り、一人ひとりに丁寧に挨拶をし、名刺を配っていく。私も皆さんと同じように名刺を受け取ったが、年下の私に対しても、その丁寧さ、腰の低さは変わらなかった。
「きっと優しい人なんだろうなぁ…。」
そう思えば思うほど、私の中の違和感は肥大化していった。
この後、人生で初めて落語を目の当たりにした私は、着物姿になったお兄さんに一太刀浴びせられることになるのだが…。
― 早速ですが、私が初めて生で観た落語が、竹口さんの「ホワイトボード落語」でした。いわゆる、「ノーマル落語」を観たことがなかったので、「初めてがこれだと違和感あるよね。」と言われたことを覚えています。
竹口:そうだね、いきなり異端から入っちゃったね。(笑)
― まずは、ざっくり「ホワイトボード落語」についてお聞かせいただけたらなと…。
竹口:ネタのあらすじ、物語の鍵となるセリフ、登場人物の似顔絵を、様々なサイズのホワイトボードで表現して披露する、という僕のオリジナルの落語です。
― ありがとうございます。たしかに、他では聞いたことがないですね。
竹口:多分、そうね…。そこ(オリジナル)は強調したいところではないんだけど、ただ、地の果てまで探せば居そうな気はする。(笑)
― 「ノーマル落語」をやるという道は通らなかった?
竹口:もちろん通りました。きっかけは僕の職場のデイサービス施設でのクリスマス会で、職員が出し物をしようと言うことになって。何をやろうかと模索しているときに、ふと「落語やったら高齢者の皆さんは喜んでくれるかなぁ」という考えが過った。僕はそもそも………あれ、こんな喋っちゃって大丈夫?
― 全然大丈夫です!(笑)
竹口:僕は元々コントとか演劇を趣味でやってて、最終的には一人芝居までいったので。その経験を生かして、落語を見よう見まねでやってみようと思った。Googleで「落語 人気」で調べてみると、「古今亭菊志ん」さんという落語家の方の「饅頭怖い」っていう作品がヒットしたんだよね。朗らかな印象が自分の性格と合っている気がして、勝手ながらに親近感が湧いたので参考にさせていただいて、それから練習を重ねて、ノーマル落語を披露させていただいた。だけど、結果から言うとリアクションがもう全然だめだった。
― と言いますと?
竹口:まず早口だった。デイサービス、介護の現場でいえば、目が不自由、耳が不自由と言う人がいるから、早口で話されたって聞き取れない。古今亭菊志んさんのスピードを真似ていたんだけど、あくまでそれは「落語が大好きな人たち」に向けてのやり方であって、デイサービスの利用者さんたちにはマッチしていなかった。結局、最初に言ったような「おじいちゃんおばあちゃんは落語が好きそう」っていうのは、僕の固定概念でしかなかった。
― 言われてみると、私がこの先何十年生きていくと考えたときに、竹口さんに出会ってなかったら落語に出会うタイミングはそうそうなかったと思います。今を生きる高齢者の皆さんの中にも、そういう方たちが居たのかな…。
竹口:そうそう。これまで30箇所近く回らせていただいた施設の中で、落語が好きだと断言されたお客さんは4人くらいしかいなかった。
― テレビでは「とぎつカナリーホールでこの落語家の独演会があります」みたいなコマーシャルを度々見かける気がしませんか?私はそのイメージがあるので、てっきり長崎で落語を楽しむ人たちは多いのかと…今の話は意外でした。
竹口:あくまで介護の現場においては、ね。歳を重ねられていても元気なおじいちゃんおばあちゃんはいるわけだから、そういう人たちは行ってるのかもしれないね。リハビリや介護を必要としている人たちが日常的に落語に触れる機会が多いのかと言ったら、それは少ないんだよね。
― 全然だめだったと言うのは、ご自身の感覚?それともお客さんの声だったんですか?
竹口:どっちもだね。超カッコいい言い方をすると、僕はお客さんと演者がかみ合う、いわゆる「シンクロ」を大事にしてる。だけど、演じてみたときにシンクロしてる感じもしなかったし、実際に「早すぎて何言ってるか聞き取れなかった」「そもそも落語が分かんない」という声をいただいた。
― そこで落語への挑戦は終わらなかったわけですよね。僕が竹口さんの立場だったら、確実に心が折れちゃってます。
竹口:片足突っ込んじゃってたから。演劇みたいに人前で演じた経験がある自分のプライドが許さなかったというか、どうせやるならウケるまでやりたいなと。ありがたいことに、そのあとも2、3回チャンスをいただいて…。
― ノーマル(落語)を?
竹口:ノーマルを。回を重ねるごとに徐々にウケてはきたんだけど、それでも満足度としてはまだまだ低かった。普段から接しているデイサービスの利用者さんへの催しといえど、(僕の落語を観るために)時間を割いていただいている。これどうしようかなぁ。どうしたら伝わるのかなぁ。どうしたら満足してもらえるかなぁって。芝居の経験はたしかにあったけど、落語は見よう見まねで数ヶ月。色々と考えていたときに、友だちからのアドバイスもあって、あらすじとか似顔絵を何かに書いてあげたら伝わるかなぁと思ったのが(ホワイトボード落語を始めた)きっかけ。そしたら格段にウケが良くなった。僕は元々の話し口調が早口なのもあって、そこを指摘されることはあったけど、「竹口くんは、こういう話をしていたのね」って、物語の流れを理解してもらえるようになった。
― 視覚に訴えるということですね。
竹口:まさにそうだね。この手法なら、耳が遠い人でも笑ってくれるんじゃないかと。
― スタイルを確立した後は、どうやって活動の幅を広げられた?
竹口:去年(2019年)の2月くらいに、「ホワイトボード落語で慰問活動したいな」っていう考えが浮かんできて、本当に思いつきでLINEとFacebookを使って告知した。「独学でまだまだなんですけど、こういう活動やりたいんです~」って。(LINEやFacebookなので)最初は身内や知り合いへの発信だったんだけど、元々劇団の活動で繋がっていた当時の音響さんがまず呼んでくれて、ストリート落語をやることになった。それから、少しずつ色んなところに呼んでいただいて。
― Facebookを見てる限り、最近めちゃめちゃ忙しそうに見えます。(笑)
竹口:本当にありがたいことにね、(依頼が)ごった返してる。(笑)施設で言うと、保育園、デイサービス、老人ホーム、自治会サロン、地域のお祭り、病院のお祭り、結婚式の余興、ストリート落語…。
― すごいですね。ということは、当初よりもお客さんの年齢層が広がってきてるわけですよね。はじめはデイサービス利用者さん、主に高齢者向けに「いかに伝えるか」と言う工夫を凝らしていたと思うんですが、対してお客さんが子どもたちとなると、別の課題も生まれそうな気が…。
竹口:そうねぇ。保育園でのお客さんは2歳から4歳。だから、先生方に「カタカナって分かります?」って聞くところから始めた。それからホワイトボードの内容を全部ひらがなに直して、「らくごは、きものをきたひとが、ひとりでなんにんものやくをして…」みたいな感じで…。いつもと違って、何が分かって、何が分からないっていうところに対してのアプローチをしないといけなかったね。
― 伝わる、伝わらないの種類が全然違いますね…。難しい。
竹口:良い面を言えば、寿限無は音を楽しむ落語だから、そのあたりはよく伝わったと思う。
― 慰問活動を通して、お客さんに「伝えたいこと」はあるんでしょうか?
竹口:正直、自分でもよくわかってないんですよ。(笑)ただ、僕の願望として、みなさんのつまみになれればいいというか…。ほんとそれだけなのよ。介護の現場で言えば、認知症の人は、僕らじゃ絶対に分からないような苦しみ、「自分はいったい何者なんだ」って日々考えながら生きていて、他の利用者さんたちも、それぞれの病気の苦しみを抱えながら、表では「どうもどうも~!」「おはようございます~!」って言いながら、毎日を生きている。長いのか短いのか分からないその人たちの人生の中で、僕がちょっとでも、一瞬でも、つまみになれれば。人生の肥やしになれればいいなと。
― めちゃくちゃいい言葉です…。
竹口:「落語の面白さを伝えたいです」って言っても自分で違和感あるしね。だって、俺まだ落語はじめて10ヶ月やし、それこそ落語家さんから見たら「何言っとんねん」みたいな感じやし。たしかに面白さは伝えたいけど…なんかよくわからんっていうね。(笑)
― それは、私もアマチュアのライターとして抱えているとこです。結局「好きだからやってる」っていう意味合いが強いじゃないですか。それでも続けるモチベーションって、落語にしても文章にしても「好きなことやって、誰かにそれを伝えたい」ってところで…。
竹口:相手ありきってことだよね。
― まさに。観てくれる人がいるから、読んでくれる人がいるから、成り立っている。さっき竹口さんが話してくださった「長いのか短いのか分からない人生の肥やしに」っていうのも、先日LINEで話してましたけど、コービー・ブライアントがまさか41歳で死ぬなんて思ってなかったじゃないですか。こういうニュースを目にするたびに、いま自分が生きていることは当たり前じゃないし、落語や文章を観てくれている人が、明日にはいなくなるかもしれないんだなって思います。それがたとえ1人だとしても、その1人が生きている大切な時間をいただいてるってことですもんね。
竹口:そうなのよ。だから尚のこと、割いてくれている時間がプラスになるように精進せないかんよね、本当。もう素敵な時間やねぇ…。
― こちらこそです…!あれ、何か聞こうとしてたんですけど何だったかな…。
竹口:大変よね、電話しながら書いてって。
― 今は箇条書きなので、割と大丈夫ですよ。
竹口:本当に素晴らしい。なんだったらお歳暮送りますよ。(笑)
― ありがとうございます。でも、末長いお付き合いだけで充分です。(笑)
竹口:それはもちろん!
― 思い出しました。私が竹口さんの活動を「落語」ではなく「ホワイトボード落語」と呼んでいることを、凄く喜んでくださってるように見えます。やっぱり、そこには思い入れが?
竹口:そうだね、別に商標登録をしているわけではないけど。(笑)ホワイトボード落語は僕1人から生まれたものじゃなくて、さっき話したように周りの人からのアドバイスもあって生まれたもの。自分で考えて、周りから助けてもらって、それから実際にウケてくれる人が増えてきている。「あぁ、こっちのスタイルで正解だったんだな」っていう。だから、自分以外の人が本質を理解してくれて、そう呼んでくれることが本当に嬉しいし、誇りに思ってる。
― 記事でもしっかり、「ホワイトボード落語」って書きますね。(笑)
竹口:本当に嬉しいですよ。ただね、僕これを批判されたことがあって。しかも、一番初っ端のストリート落語のときに、「あんたのやり方は落語じゃない。体をガンガン振って、着物も乱れてるけど、本当の落語はそんなんじゃないよ。」って。落語とはこういうものだって面と向かって言われちゃってね。だけど、僕はウケればいいと思ってるから。ウケるっていうのは、「僕自身が面白い」じゃなくて、話そのものの面白さ。物語が伝わればいいなっていう。じゃあ手段はどうだっていい。だからこそ、ホワイトボードにこだわってるし、あくまで自分らしい形でやりたいというか。もちろん、本職の人たちや本当の落語が嫌いとか、そういうわけじゃなくてね。
― 私の動画の話をすると、身近なYouTuberさんたちには「字幕をつけすぎると効率が良くない」っていう人もいますが、私はなるべくつけるようにしてます。
竹口:その心は?
― それこそ昨年(2019年)のSDGsのイベントに参加してから考えが変わったというか。極論だけど、数少ないチャンネル登録者さん80人の中にもし耳が聞こえない人が居たら、字幕がないと楽しめない。私たちのチャンネルは収益化したいわけじゃないから、1万人の健康な人たちに見られなくても別にいいんです。せっかく1人だけでも観てくれる人がいるんだったら、その1人に伝えたい。だからこそ、竹口さんのホワイトボード落語をとっても尊敬しているんです。
竹口:とっても嬉しいですよ!僕、本当に長野くんに出会えて良かったなって。少し脱線するけど、最近すごく出会いに恵まれてて。僕は尊敬できる人たちに囲まれてるし、そういう人たちとこれからも頑張っていきたいなって思ってる。
― 竹口さんの人柄だと思います。
竹口:お歳暮がだめなら、クリスマスプレゼント送りますよ?(笑)
― クリスマスはめちゃくちゃ先ですね。(笑)最後に、今後の展望を教えてください。
竹口:遠い先の目標はないんですが、時間の許す限り、ひとつでも慰問活動の機会を増やして、老若男女に楽しんでいただけるコンテンツに。誰かの人生の肥やしに。です!!
電話を切り、不覚にも「肥やし」を独り占めしてしまった気分になってしまう。
「今を生きること」の尊さを知る落語家・竹口亭 ホワイトボードが織りなす一風変わった落語は、おひさまよりも熱く、ヘンテコで、どこまでも自由だった。
▼竹口亭 ホワイトボードについて ”聴力がよわい方々でも、落語を「見える化」することで情報を補い、楽しんでいただくことができること”と、”落語を分かりやすく披露することで、老若男女だれでも楽しめるコンテンツ化をはかること”を目的とした「ホワイトボード落語」というオリジナルの手法を用いて、慰問活動を行っているアマチュアの落語家。長崎県のグループホームやデイサービス施設を中心に、保育園、地域のイベントなど、活躍の場を広げられている。 ▼リンク ホームページ Facebook